天正10(1582)年、中国地方の平定をめざした羽柴秀吉と毛利氏の戦いは、備中高松城の攻防が焦点となりました。秀吉は黒田官兵衛の献策で巨大な堤防を築き、足守川の水をせき止めて城兵を孤立させ有利な講和を結びますが、本能寺の変で主君の織田信長が倒れると急ぎ軍を返し、明智光秀に勝利しました。
こうして高松城の攻防は、秀吉が天下を掌握する上で重要なできごととなりましたが、城兵の命に替えて自刃した城主、清水宗治の高潔な態度も人々の記憶に残りました。この戦いは江戸時代から数々の軍記物語で取り上げられ、錦絵にも描かれました。
しかし近代の開発が始まる明治期には、堤の一部に鉄道が通されるなどで城址の保存を危ぶむ声があがり、地元で保存運動が始まりました。
原著は安永3(1774)年。展示品は慶応2(1865)年の写本。
高松城水攻めを記した軍記物語では「中国兵乱記」が詳しいですが、これは岡山藩士の土肥経平が著し、江戸時代から広く読まれてきた「備前軍記」の写本です。戦国大名宇喜多氏の発展を軸に、備前を中心とする地域の歴史を記述したもので、終盤で高松城の水攻めにも触れています。
錦絵3枚組、明治時代初期
作品に記載の名称は「太功記之内 高松水攻」です。幕末~明治前期に活躍した浮世絵師、月岡芳年(天保10(1839)年~明治25(1892)年)が、一魁斎を名乗った頃(明治6年まで)の作品です。
描かれているのは、江戸時代の寛政年間に浄瑠璃(1799年)や歌舞伎(1801年)の脚本になった「太功記」の一場面です。それは豊臣秀吉の伝記「太閤記」に替わって明智光秀を主人公にしたもので、彼を逆賊の汚名を被って滅ぼされる悲劇の武将として描いた異色の文学作品です。
月岡芳年「高松水攻築堤の図」
この錦絵では、築堤による広大な人造湖を、遠近感を強調した構図にまとめ、芝居の場面というよりは実景に即した景観になっています。築堤にいそしむ秀吉方の将兵に対し、城方は様子を凝視しているのでしょうか、かがり火が燃える夜、攻守の対比が戦陣の緊張を伝えています。右手前の土手の騎乗の人物が秀吉です。
中国兵乱記は、全巻の約半分が高松城水攻めにあてられた軍記で、築堤や戦況について詳しい記載がなされています。この展示品と次の2点は、高田馬治氏が古写本から筆写したものです。(高田文庫)
戦国大名の田中吉政に仕えた川角三郎右衛門が、江戸時代初期にまとめた太閤秀吉の逸話集で、秀吉と同時代の人からの聞き書きが骨子と考えられ、貴重な史実を多く含むとされています。(高田文庫)
江戸後期に成立した太閤記の異本です。浄瑠璃や歌舞伎の戯曲「絵本太功記」の重要な源泉となったものです。木下子爵の文庫の古写本からの筆写と伝えられています。(高田文庫)
明治38年の中国鉄道(現在のJR吉備線)建設で築堤址が一部削られるなどし、史跡保存への危機感が地元で起こった時期、見学者への案内書として初めて刊行された冊子です。
高田馬治氏も中心で活動した高松城址保興会は、明治41年に地元有志により設立され、やがて高松町役場内に事務局をおき、城址・築堤址の保存と歴史公園への整備をめざす活動の、高松町における推進母体となりました。(高田文庫)
高田馬治氏(明治15(1882)年~昭和43(1968)年)は、現在の笠岡市出身で、陸軍獣医を退役したのち、母校の県立高松農学校(現在の県立高松農業高校)教諭(のちに校長)をつとめ、獣医師養成と畜産に関する農業教育で多くの人材を育てた人でした。
しかし築堤址に隣接する職場で教鞭をとっていたこともあり、地元で史跡保存の動きがおこる中、彼は城址に深い関心を抱くようになりました。そして多数の生徒とともに城址や築堤址を実測し、撮影し、瓦などの出土品を調査して、その成果を数々の講演や著述を通じて広く紹介し、史跡の保存整備を訴えました。
その熱意は昭和4年の文部省令による城址と築堤址の史跡指定と、昭和5年の陸軍特別大演習に際して高松農学校で行われた昭和天皇への御前講演において、一定の結実をみることになり、保存運動における重要な画期となりました。
岡山市立中央図書館は高田馬治氏にゆかりの資料698点を所蔵しており、高田文庫と名付けて一括保存しています。このたびはその一部を展示紹介しています。
高田馬治の著作(いずれも高田文庫から)
展示しているのは、多数の著述や講演で城址の保存を訴えてきた高田馬治氏の著作のごく一部です。
最後の原稿「高松城水攻築堤は生きて居る」は、若かりしとき、保存活動を始めた頃を回想した短い文です。
昭和5年の御前講演で使用された、高田馬治「高松城水攻戦図」(縦250cm×横200cm)および「高松城趾図」(縦245cm×横165cm)の展示
会期中に黒田官兵衛と高松城水攻めに関する下記の講演会を開催いたします。
添付ファイル
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