最初に質問させてください。皆さんがイメージする「性教育」とは一体どんなものでしょうか?内容は?対象は何歳くらい?ぜひ思い浮かべながら読み進めてください。
私は講演会の冒頭に「性」という漢字についてお話しています。
―「性」という漢字は「心」と「生」から成り立っています。「性」教育と聞くと妊娠の仕組みや体の変化などをイメージする方が多いですがそれだけではありません。漢字が表す通り、「心」と「生」に関する幅広い教育です。みなさんが幸せに生きるための土台作りが性教育だと思っています。―(図1)
しかし、多くの方がイメージする性教育とは、交際や妊娠・出産に関する知識を伝えるものではないでしょうか。
実は私自身も、性教育とは「避妊方法やその他の知識を伝えること」と思っていました。活動を始めたばかりの頃は知識も経験も未熟で、私の価値観、私の正義を伝えてしまっていたのではないかと思います。正しい知識を伝えるだけではなく、どうすれば対象となる方が必要な知識を得て、行動に移せるか。ニュースや事例を他人事ではなく、自分事として捉えられるか。試行錯誤し、現在も模索中です。
Life isの取り組みが、皆様にとって「性教育をもっと身近に」感じられるきっかけになれば嬉しいです。
高校2年生の時に何気なく見ていたテレビで「お産」が特集されていました。その瞬間に「これだ!」という思いが駆け巡り、助産師という職業を目指すようになりました。看護大学を卒業後、助産師の専門学校に進学し、厳しい実習を乗り越え、国家試験に合格し、憧れの助産師になったのは23歳の時でした。
最初の就職先は地元愛知県にある総合病院の産婦人科病棟でした。実は私は同病院で生まれており、自分が生まれた病院で、今度はお産を応援する者として携わることができるのは非常にありがたいことでした。命が誕生する瞬間に立ち会わせてもらうようになり、責任の重さに押しつぶされそうになりながらも、この幸せな職に就けたことを誇りに思い、日々精進していました。
そんな日々を送る中に、性教育を始める「きっかけ」となる出来事が起こります。助産師となり1か月半が過ぎた頃、私は初めて人工妊娠中絶を担当することになりました(人工妊娠中絶は法律で基準が定められており、人工妊娠中絶をされる方を責めるものではありません)。命の誕生とは真逆の体験で、この時私がどんなことを思ったのかは、誰もが目にする可能性のあるこの場所で語るものではないかもしれないので省略しますが、この経験から「望まない妊娠を減らしたい。私はその活動がしたい」と、覚悟に近い思いが湧いてきました。
望まない妊娠を減らすためにと、避妊指導を行うようになりました。人工妊娠中絶を受けた方の退院指導として、個室で話し合い、その方に適した避妊方法を紹介・説明します。個別指導の機会が増えるうちに、避妊方法の説明以上にカウンセリングしている時間が長いことに気づきました。多くの方が共通して、「自分のことを好きと思えない」「自分なんてどうなったっていい」と思っているようでした。自分のことを好きと思えない、自分のことを大切にしようと思えない状況では、いくら正しい知識や具体的な避妊方法を知っても、必要なタイミングで使えないのではないか。私が望むのは「望まない妊娠を減らす」ことだけではなく、「幸せに生きてほしい」「自分のことを大切にしてほしい」ということなのではないかと気づき、避妊指導中心の性教育から、「幸せに生きるための土台としての性教育」を目指すようになりました。
幸せに生きるための土台としての性教育を伝えたいのであれば、人工妊娠中絶後ではなく、もっと早い時期に伝える必要があると考え、総合病院を辞職し、小・中学校、高等学校などで出前講座を開始しました。今ではこの学校での講座が私の活動の中心となっています。
教育機関や地域と信頼関係を結び、幼児期から継続して同じ対象者に性教育ができれば理想的ですが、性教育の実施が初めてかつ1回きりという学校は少なくありません。性教育を受ける機会が1回しかない場合、例えば中学生であれば避妊方法や性暴力など、すぐに役立つ知識や方法を伝えたい気持ちもあります。しかし、それまでに幸せに生きる土台となる「いのちの誕生」「セルフ・エスティーム(自己肯定感、ありのままの自分を認める)」「唯一無二の自分」といった観点の性教育を受けていない場合、すぐに役立つ知識や方法を優先したいからといって、この土台の部分を割愛するわけにはいきません。小学校低学年の子どもたちに幸せに生きる土台を伝えるのと同じように、中学生や高校生にも伝えるようにしています。「すぐに役立つものは、すぐに役に立たなくなる」かつての慶応義塾大学の塾長であった小泉信三さんの言葉ですが、私の活動においても大切にしています。
2021年に参加した、岡山ESD推進協議会主催のESDコーディネーター養成講座でESDに出会いました。
ESDの6つの視点『(1)多様性(2)相互性(3)有限性(4)公平性(5)連携性(6)責任性』や7つの態度『(1)批判的に考える力、(2)未来像を予測して計画を立てる力、(3)多面的・総合体に考える力、(4)コミュニケーションを行う力、(5)他者と協力する力、(6)つながりを尊重する態度、(7)進んで参加する態度』は性教育を伝える中で大切にしてきたこととまさに同じであることに感動し、翌年に小さな任意団体「Life is」を立ち上げました。
Life isは「性教育をもっと身近に!」をスローガンに、性教育は、性行為教育(sex education)だけではなく包括的性教育(sexuality education)であると、多くの人に知ってもらうことを目標にしたイベントを企画運営することに挑戦しました。
初年度には、学校内外における包括的セクシュアリティ教育のプログラムや教材を開発し実践することを手助けするために作成された「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」の8つのキーコンセプトについて、各分野の専門家の方から話を聞こうと企画しました。キーコンセプト1:「人間関係」では遺品整理会社の方に、キーコンセプト5:「健康とウェルビーングのための知識(メディアリテラシー)」ではICTの方などそれぞれお話をお願いしました。この取り組みは参加者だけでなく、講師やメディアからも好評価を頂き、回を重ねるごとにたくさんの方が参加してくれるようになりました。
性教育は助産師や産婦人科医を中心に単独で幅広く行うことが多いのですが、ESDと出会い、これからの性教育では多職種と連携し、年齢に応じた内容を体系的に学ぶ仕組みになっていくことが理想的であると感じました。誰ひとり取り残さず、幸せな人生を送ってほしいと願う仲間と共に、多角的な視点から人々の健やかな暮らしを応援し、成長し合うことができるような仕組みづくり、チーム作りを目指したいと考えています。
「望まない妊娠を防ぎたい」という思いから始まった私の活動は、現在では「すべての人が幸せだと思って過ごしてほしい」という思いに変わってきています。幸せに過ごすためにも、望まない妊娠を防ぐためにも、「自分のことを大切にして欲しい」と切に願います。それは子どもたちだけではなく、子育てをするお母さんもお父さんも、企業で働く人・管理する人・雇う人、性教育を担う人自身もです。自分を大切にすることは簡単なことではありません。包括的な性教育を受けることで「自分って大切な存在なんだ」と思うことができ、そして周りの人を大切にすることができる。このような循環を生める性教育の担い手でありたいと思っています。
”生きる”をともに考える団体 Life is 代表
三重県立看護大学卒業後、国立名古屋病院附属看護助産学校にて助産師基礎教育を受ける。総合病院産婦人科病棟勤務時の体験から性教育の重要性を感じ、性教育講師としての活動を開始する。性教育の活動期間は20年、受講者総数は1万7,000万人ほど。岡山県岡山市在住。
平成9年、広報の担当をしていた時に『性教育』について取材し、番組を制作したことを思い出しました。その先生が言われたのは「性教育は居酒屋でお酒を飲みながら面白おかしくする話ではない。そうしているから『性教育=やらしい』になる。性教育は、命の教育である」でした。
“生きる”を共に考える団体Life is様の素晴らしい教育によって、一つの命の誕生、そして命を大切にし自分を大切にする、すべての人が幸せだと思って過ごせるようになる。そんな世の中になってほしいと思います。