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市庁舎の沿革

[2010年2月3日]

ID:13438

1.明治22年2月11日、憲法が発布され、同年市町村制を施行、6月1日に岡山も市制を実施し、庁舎に東中山下の旧区役所を使用しました。

創設当時の市役所の画像

創設当時の市役所(東中山下の旧藩士屋敷)

2.市庁舎はその後、隣接地を買い足して、敷地を5,500平方メートルに広げ、大正元年8月には木造洋館2階建に改築しました。しかし、昭和14年火災のため全焼しました。

昭和14年焼失前の市役所の写真

昭和14年焼失前の市役所

3.昭和17年まで、内山下の公会堂を仮庁舎として使用し、東中山下に庁舎を再建しました。
4.昭和20年6月29日の戦災により再び焼失しました。その後、弓之町の弘西、内山下国民学校を仮庁舎として使用しました。
5.昭和23年、大供の現庁舎敷地に旧軍の建物を移築し、木造2階建の庁舎が完成しました。

昭和41年ごろの大供庁舎の写真

昭和41年ごろの大供庁舎

6.昭和20年代後半の2町15か村の編入合併による都市規模の拡大とともに行政需要は広範囲におよび、行政機構の拡充と職員数の増加が必要となりました。昭和40年頃には、庁舎は狭隘化し、借上げ分庁舎等に分散する状況となっていました。また、古材を使用して建築した庁舎の老朽化も課題となっていたことから、分散している業務部門を集約し、来るべき広域行政の円滑な推進と、増大する行政需要に対処するために、昭和43年6月に現庁舎を建設しました。

昭和43年ごろの大供庁舎の写真

昭和43年ごろの大供庁舎

お問い合わせ

総務局総務部庁舎管理課

所在地: 〒700-8544 岡山市北区大供一丁目1番1号 [所在地の地図]

電話: 086-803-1152 ファクス: 086-225-5487

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