岡情審査第15号
平成2年3月9日
岡山市長 松本 一 様
岡山市情報公開及び個人情報保護審査会
会長 山口 和秀
異議申立てに係る諮問について(答申)
平成元年11月16日付け岡総第343号で諮問のあった下記事実について,次のとおり答申します。
記
〇〇〇町におけるマンション建築に際しての「岡山市中高層建築物に関する指導要綱第5条第8号の協議書,理由書及び経緯書」の一部開示決定に対する異議申立てについての諮問
平成元年諮問第1号
答申
第1 審査会の結論
「〇〇〇町におけるマンション建築に際しての岡山市中高層建築物に関する指導要綱第5条第8号の協議書,理由書及び経緯書」(以下「本件公文書」という。)を一部開示としたことは,一部開示の範囲が妥当でなく,本件公文書中建築主及び関係者の協議に関する記載事項のうち,特定の個人が識別され,又は識別され得る箇所を除き,開示すべきである。
第2 異議申立人の主張要旨
1 異議申立ての趣旨
本件公文書を一部開示と決定した処分を取り消し,本件公文書の全部開示を求める。
2 異議申立ての理由
異議申立人が異議申立書,反論書及び口頭による意見の陳述で主張している異議申立ての主たる理由は,概ね次のとおりである。
(1)個人情報に該当しないことについて
個人情報とは,岡山市情報公開及び個人情報保護に関する条例(以下「条例」という。)第2条第2号によれば,「特定の個人が識別され,又は識別され得るものをいう。」とされているが,本件請求に係る公文書がいかなる意味で個人情報に該当するのか,また,個人情報に該当するとしても同条例のいかなる条項により開示できないのか,その理由さえ全く記載されておらず不明である。
本件公文書は,□□□株式会社の個人情報という性質のものではなく,ましてや同社のプライバシーを内容とするものではない。
弁明書によれば,建築主及び関係者の他に知られたくない心情(個人情報)を開示することは個人の基本的人権の侵害となるという。
しかし,他に知られたくない心情を無条件に条例により保護すべき個人情報とすることに問題があるほか,その論理に従えば,侵害されるというその心情や個人情報の内容及び被侵害者の数等を検討するまでもなく,当然そのような抽象的危険があり,あるいはその蓋然性が重いということを前提とするのであるから,その限りでは公文書のほとんどはその開示が拒否されることとなり,市は条例の趣旨,目的を完全に誤解している。
条例の制度,趣旨は,ある意味で個人情報を犠牲にしても憲法で保障された国民の知る権利を優先させ,もって前記情報の公開をなし,広く国民主権の理念に資するものであることはいうまでもない。申立人ら個人の情報がいかなる形で市行政当局に伝達され,いかなる意味において,これが判断されるかは非常に重大な利害関係をもっている。
その情報が虚偽あるいは誤っているときには,その情報訂正権,個人情報のコントロール権がある。
(2)事務の公正又は円滑な執行に支障を生ずるとの点について
本件公文書は,□□□株式会社と〇〇〇町内全住民との協議記録したものであり,仮にこれを開示したものとしても,右両者のいずれかが具体的な経済的又はその他の利害を生ずるものとは到底言いがたく,また,岡山市中高層建築物に関する指導要綱(以下「指導要綱」という。)に基づく行政が,これがためにその執行に支障を生ずるとは到底言いがたいものである。
本件公文書が開示されることにより,地元町内会からマンション建設に賛成する住民あるいは□□□株式会社に圧力を加えたりすることも想定され,そうなっては今後別の案件においても指導要綱に基づく協議は円滑にいかなくなるおそれがあるというのであろうが,かようなおそれというものも極めて抽象的なおそれであるばかりでなく,仮に地元町内会に賛成住民がいたとしても,町内会の意思形成が民主的になされるならば格別問題となりうる余地はない。
仮に万一,当該圧力等のおそれがあり,よって今後の協議の運用に支障を生ずるおそれがあるとするなら,右のおそれの内容やその可能性の程度と,本件公文書の開示を求める必要性との比較衡量によって,本件公文書の開示の適否が判断されるべきである。
本件公文書の開示を求める必要性は,本件公文書には,町内会との協議の日時,場所及び回数,内容等について□□□株式会社において虚偽の事実を記載しているとの疑念を抱き,このような本件全文書に基づいて指導要綱が運用されるとするならば,かえって極度に不公平な行政が運用され,申立人ら地域住民のこうむる損害は著しいこととなるので,その開示を求めたことにある。
第3 実施機関の主張要旨
実施機関の弁明書及び口頭による意見の陳述を総合すると概ね次のとおりである。
1 本件公文書は,条例第7条第1号に該当する。
本件公文書は,中高層建築物を建築しようとする場合において,近隣住民との間に生ずる相隣関係の紛争を未然に防止するとともに,地域の良好な住環境を保全することにより,調和のある地域社会の実現を図ることを目的として,建築主と関係者の協議の内容(協議の日時,協議者の住所氏名及び主な質疑応答内容のわかるもの)が記載された文書である。
指導要綱に係る関係者は,個人とすることにより他からの制約を受けず,自由な意見交換ができるよう配慮しており,指導要綱に係る協議書は今日まで開示しないことを前提としており,本件公文書においても,以上のような事務処理を前提とし,建築主及び関係者が意見を述べ,それが記されているものである。
したがって,本件公文書を開示するならば,建築主及び関係者の他に知られたくない心情等(個人情報)を開示することになり,個人の基本的人権を侵害することになると考えられる。
こうした前提の下に,条例の規定に照らし,本件公文書の開示の可否を検討したところ,本件全文書すべてが個人情報であると判断して建築主と関係者の協議内容については非開示としたためであり,関係者との協議がされていないということに対しては年月だけであっても,協議された経過については知らしめることになると考え,その範囲内で開示したものである。
2 本件公文書は,条例第7条第4号に該当する。
本件公文書を開示した場合,特に建築主及び関係者に対し,個人攻撃等が発生するおそれがある。
また,他からの圧力等により個人の意見が制約されたり,本心とは違った意見を述べざるを得ない状況となり,ひいては,他からの非難,中傷をおそれるあまり,協議自体を拒否する建築主及び関係者が続出することが考えられ,今後の行政指導に悪い影響を及ぼす可能性が大である。
よって,本件公文書は,条例第7条第4号中「当該事務事業又は将来の同種の事務事業の公正又は円滑な執行に支障を生ずるおそれのあるもの」に該当する。
第4 審査会の判断及びその理由
1 条例の基本的な考え方
公文書の公開についての条例の基本的な理念は,その第1条に規定しているように,市民の公文書の公開を求める権利を保障し,市民の市政への参加を推進し,市政に対する市民の理解と信頼の増進を図り,もってより開かれた市政の実現に寄与するところにある。
他方,こうした理念の下にあっても,公開することによって個人若しくは法人等の正当な権利・利益を損なったり,行政の公正かつ適切な執行に支障を及ぼしたりすることのないよう配慮する必要がある。
このため,条例においては,第7条に一定の適用除外事項の規定を設けているところであるが,実施機関は,公文書を公開するか否かの判断に当たっては,原則公開の立場に立って,可能な限りこれを公開すべきであり,また,一部開示とする場合にあっても,原則公開の趣旨を十分配慮するとともに,請求の趣旨に沿うよう請求者の立場に立って慎重に対応すべきものとする条例の趣旨にのっとって行わなければならないものである。
2 具体的な判断及びその理由について
実施機関は,本件公文書の非開示部分に記載されている情報は,条例第7条第1号及び同条第4号に該当すると主張するので,その点について以下検討する。
(1)第7条第1号該当性について
ア 本件公文書は,中高層建築物の建築に当たって,近隣住民との間に生ずる相隣関係の紛争を未然に防止するとともに,地域の良好な住環境を保全することにより調和のある地域社会の実現を図ることを目的としてなされた建築主と関係者の協議の内容(協議の日時,協議者の住所氏名及び主な質疑応答内容のわかるもの)が記載された文書である。
上記(建築主と関係者の)協議については,他から制約を受けず自由な意見交換ができるよう実施機関として特に配慮してきたということである。
こうした観点から,実施機関は,本件公文書の開示請求に対し,開示すれば,そこに協議の内容として記された建築主及び関係者の他に知られたくない心情等(個人情報)をも開示することになり,個人の基本的人権を侵害することになるとして,一部開示の決定をしたのであるが,その際,本件公文書がすべて条例第7条第1号の個人情報に該当するものと判断し,したがって,全部非開示にすベきところ,請求者のために少しでも開示できればと考えて,年月以外の部分を非開示とする一部開示の決定をしたということである。その結果,実施機関の決定は,一部開示とはいえ限り無く非開示に近いものとなっている。
イ いうまでもなく,基本的人権としての個人の尊厳を守るために,プライバシーは最大限尊重されるべきである。そこで,条例上適用除外事項として規定されている個人情報とはどのようなものを指すかというと,第2条第2号に「特定の個人が識別され,又は識別され得るものをいう。」と規定している。
この定義の趣旨は,「当該情報だけで,特定の個人が判別され,又は他の情報と照らし合わせることによって特定の個人に関する情報であると了知し得ることをいう。」と解することが妥当であり,例えば,氏名,資格等が前者に,本件の場合における特定の協義事項の表示等が後者に該当するといえよう。
このような前提の下に,本件公文書の内容を詳細に検討してみると,本件公文書の記載内容の中には,年月以外にも上記個人情報の定義に該当しない部分が相当部分存在しており,これらの部分は開示すべきものであるにもかかわらず,非開示にされている。実施機関が関係者の基本的人権につき慎重に配慮しようとする意図は理解できないわけではないが,1で述べた条例の基本的な考え方に基づき,個人情報に該当する部分のみを除いて,それ以外はすべて開示するのが妥当と考えられる。
(2)第7条第4号該当性について
ア 実施機関は,本件公文書が開示されることにより,他からの圧力等により関係者の意見が制約されたり,本心とは違った意見を述べざるを得ない状況となり,ひいては他からの非難,中傷を恐れるあまり,協議自体を拒否する建築主及び関係者が続出することが考えられ,今後の指導要綱による事務事業の公正又は円滑な執行に支障を生ずるおそれがあると主張する。
しかし,実施機関が懸念する事態は,幾分誇張されているか,あるいは,本件公文書の全面公開を前提にして想定されたものといわねばならない。そうした事態の大部分は,本件公文書のうち前記個人情報に該当する部分を非開示にすることによって回避されうるのであって,事務事業の執行に支障を来すおそれは全くないとは言いがたいにしても,極めて抽象的なものでしかないよぅに思われる。
イ そもそも指導要綱に基づく関係者間の協議が円満に整いさえすれば,当該協議内容は,関係者間はもとより,第三者の立場からしても,開示すべきかどうかをめぐる紛争の対象となるものではない。また,これに反して協議が整わなかった場合にあっても,建築主としては,その旨を事実に即して理由書により提出すればよいのであつて,それ以上のことが建築主および関係者に要求されるものではないことは,本件公文書の開示,非開示の如何にかかわらず,指導要綱の趣旨からして明らかである。
実施機関が主張するように,指導要綱は,建築主及び関係者の利害を調節するための極めて有用な制度であることには誰しも異存はあるまいと考えられるところであるが,本件公文書が開示されるとしても,個人情報に該当する部分についての適切な配慮がなされる限り,そうした指導要綱の趣旨に反した新たな負担が建築主及び関係者に課されるわけではないのであって,本件公文書を開示すれば,「協議自体を拒否する建築主及び関係者が続出し,今後の指導要綱による事務事業の公正又は円滑な執行に支障を生ずる。」との実施機関の主張は必ずしも説得的であるとは思われない。
ウ また,本件公文書の開示請求の経緯に徴すれば,本件草案においては,本件公文書の記載内容(とりわけ協議の有無ないし回数についての記載内容)に対する疑念が開示請求の主たる理由とされていることからも窺われるように,指導要綱に基づく本件公文書の記載内容の真偽をめぐる建築主と関係住民との対立をその背景として,異議申立人から右記載内容の真偽を確かめるために本件公文書の開示が請求されているのであって,指導要綱の適否や行政指導の可否が直接の争点とされているわけではないことはいうまでもない。
こうした開示請求に対し,事務事業の執行に支障を来すとして非開示にすることは行政に対する市民の理解と信頼を増進するうえで適切な措置とは考えられず,したがって妥当とも思われない。むしろ逆に,開示することによって,非開示とされた場合に発生しがちな誤解や疑念を解消し,ひいてはそうした誤解や疑念に基づく不必要かつ無益な紛争ないし対立をも含む「相隣関係の紛争を未然に防止する。」ことにもなりうるのであるから,本件公文書の一部開示に当たっても,個人情報に該当しない部分については可能な限り請求の趣旨に沿って対応することが望ましく,条例および指導要綱の趣旨にもより合致するものと考えられる。
エ 次に,指導要綱に係る協議書は従前から非関示としてきたという点については,関係事項について協議が整うまでの間はいわゆる意思形成過程情報として認められる場合はあるとしても,一定の結論に達した後にあっては,改めて開示可否の判断がなされるべきものであり,その際には行政執行に支障を生ずることについての具体的な事由が明らかにされない限り,公開を前提とした対応がなされなければならないものである。
オ したがって,実施機関としては,片や個人情報の非開示によって関係者の識別は回避されうることを,また他面で本件公文書を開示することが,行政執行に関わる公文書の客観性を担保すると同時に,本件の如き公文書の記載内容に対する疑念から生ずる誤解や不信感及びそれらに基づく紛争や対立の未然防止にも寄与しうることをも勘案し,協議の日時や内容等の本件公文書の記載内容を可能な限り開示することが,今後とも,建築主及び関係者の建築行政に対する信頼を確保し,かつ,指導要綱のより適切な運用が図られるものであることを理解されたい。
3 以上のとおりであるから,当審査会としては本件公文書の開示については「第1 審査会の結論」のとおり判断するものである。
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