第17回坪田譲治文学賞受賞作
『翼はいつまでも』(集英社刊)
川上健一著
川上 健一(かわかみ けんいち)
1949年8月7日青森県十和田市生まれ。県立十和田工業高校卒業。高校時代は、投手として活躍。上京後スポーツ小説を手がけ、1977年に『跳べ、ジョー!B・Bの魂が見てるぞ』で第28回小説現代新人賞を受賞し、作家デビュー。青春小説やスポーツ小説を中心に独自の作風を確立して注目されるが、その後体調を崩し執筆活動から遠ざかる。
10年ぶりの書き下ろし作品となる『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞を受賞。『雨の川』『女神がくれた八秒』『宇宙のウインブルドン』『ららのいた夏』など著書多数。
びっくりしました。驚きと喜びでいっぱいです。十年振りに出版した物語だったので、ただただ本になったことがうれしく、まさか賞までいただけるとは思ってもみませんでした。
面白い物語を、と率直に書きあげたことへのご褒美なのだろうと、褒めてもらったような嬉しくも照れくさい気分です。
書きたいという欲求だけにまかせて書いた力まかせな作品が賞をいただいて、いささか申し訳ないという気持ちもありますが、これは物語を紡ぎだす面白さを発見して、再び小説の世界に戻ってきた私への祝福と激励の賞なのだと、自分勝手に受けとめさせていただいています。
このたびの受賞を励みとして、受賞作品より少しでも面白い物語を書きたいと、じんわりと胸を熱くしています。ありがとうございました。
60年代のはじめ、舞台は青森県十和田市。主人公の「ぼく」は冴えない十四歳の少年でした。極度に緊張してしまうタチなので中学二年生になっても野球部ではまだ球拾いに明け暮れ、マドンナの女生徒に惹かれているのに、もちろん遠くからただ眺めているばかりで何もできません。そんなある日のこと、練習中に同輩から子供の生まれる仕組み、「へっぺ」の秘密を教わります。その夜はなかなか寝つけなくてラジオの米軍放送を聞いていました。突然、心の扉を激しく叩く曲が流れてきます。まったく新しい音楽でした。ビートルズ「プリーズ・プリーズ・ミー」。歌詞の意味はよくわからなかったけど、ぼくへの応援歌みたいに聞こえてきました。そして、ぼくは変わりました。翌朝、クラスメートたちの前で覚えたてのこの曲を披露。みんなにバカにされながらも、歌いきります。褒めてくれたのはクラスでいちばん目立たない女の子だけ。やがて、憧れの長島茂雄と同じサードのレギュラー・ポジションを手にいれます。ビートルズのくれた勇気を胸に。ぼくらは三年生になり、チーム一丸となって県大会優勝を目指していました。ところが、新しく赴任してきた相撲部顧問がくせ者でした。この先生、なんと野球部の主力選手を強引に引き抜きはじめ、チームは危機に晒されたのです。地区大会の当日、ぼくはその先生と一悶着をひきおこし、試合に出られないまま、初戦でまさかの敗退。やりきれない思いをぶつけようと、日曜日の学校に集まりビートルズのレコードにあわせてツイストを踊るという騒動までやらかしてしまうのです。そんなこんなで迎えた中学生最後の夏休み。同輩の言葉にのせられ、ぼくは大人の男になろうと自転車を転がして旅立ちました。ひとりぼっちの十和田湖での野宿。ぼくを待っていたのは、思いがけない初恋でした。家庭の事情で湖畔のホテルで働いていた級友、そう「プリーズ・プリーズ・ミー」を初めてクラスで披露したとき、褒めてくれたあの女の子に出会ったのです。教室では目立たない存在だったのに、実はすてきな才能に恵まれているのを知りました。都会の学校でいじめに遭い、傷つき、目立たないようにしてたんだと知りました。ぼくは彼女を励ますのに精いっぱいでした。激しく雷雨に打たれた夜のこと、ボイラー室で明かした一夜。またしても邪魔者として現れた相撲部の先生とのいざこざ。いろんなことを経験したぼくは、彼女とまた会うことを約束して湖をあとにしました。それなのに、彼女は黙って転校していこうとします。
少年は勇気の翼をもらい、自分を求めて羽ばたきます。そして恋を知り、せつなさを覚え、大人になっていきます。甘酸っぱい風に包まれながら、大人への階段を昇りはじめたばかりの男の子。その成長をリリカルに謳いあげた物語です。
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