きしゃイヌというのは、ぜんたのイヌのことでした。ほんとうのなは、五ろうといいました。とてもかしこいイヌで、ぜんたのいうことならなんでもききました。とおくのほうへものをなげて、
「とっといで。」
といえば、すぐかけていってとってきます。それにはしることがたいへんはやくてどんなイヌだってかないません。それがじまんで、ぜんたはきしゃイヌというなをつけたのであります。
すると、あるとき、ともだちが四五人ぜんたのところへあそびにまいりました。そしてなかのしもだくんがいいました。
「きしゃイヌなんてうそだい。」
これにはぜんたははらがたちました。だまっておられません。
「ほんとだよ。うそとおもうならはしらせてみよう。」
「うんそれがいいそれがいい。」
みんながさんせいしました。
「もし五ろうがかったら。」
「うんほんとうにかったらきしゃイヌにしてやろう。そのかわりまけたら、うそのきしゃイヌだ。」
しもだくんがいいました。
「そうじゃない。まけたらばしゃイヌだってことにしてやろう。」いしいくんがいいました。
「そうだ、そうだ、ばしゃイヌだ。ばしゃイヌだ。」みんながそういいました。
それからぜんたは五ろうをつれて、みんなのさきにたって、きしゃみちのところへやってきました。ところがこれはこまったことです。どんなにしてきょうそうさせたらいいでしょう。きしゃのあとから、
「五ろうとってこい。」といったって五ろうはかけていって、きしゃをくわえてくるわけにはいきません。
「どうしたらいいだろうなあ。」
みんなそうだんしました。すると、しもだくんがいいました。
「きしゃのまえに、木のきれをなげるんだよ。そしてとってこいというんだよ、そうしたらきょうそうになるだろう。」
これをきくと、ぜんたはしんぱいになりました。だってもしちょっとでも、五ろうがおくれたら、それこそ五ろうはきしゃにひかれてしまいます。
「いやだい。五ろうがかわいそうだもの。」
ぜんたがいいました。
「ではばしゃイヌだ。」
しもだくんがいいますと、これについてみんながはやしたてました。
「ばしゃイヌ、ばしゃイヌ、ばしゃひいてはしれ。」
これをきくと、ぜんたはおもいきっていいました。
「きしゃときょうそうさせよう。」
だって、五ろうをばしゃイヌなんていわれるのも、かわいそうですもの。そこでみんなは、きしゃのやってくるのをまつことにしました。あぶないことに、レールに耳をあててきしゃのおとをきいたりするものもありました。まもなくぽっぽっとけむりをだして、とおくからきしゃがやってきました。
「さあ五ろううまくやるんだよ。」
ぜんたは五ろうのせなかをなでていいました。五ろうはなにもしらないで、ただうれしそうにしっぽをふっておりました。
「この木ぎれをくわえてくるんだよ。」
ぜんたは木ぎれを五ろうによくみせました。そのときいよいよきしゃがちかづいてきました。ぴきんぴきんとレールがなりました。みればなんときしゃははやいものでしょう。もうごうごうおとがしてきました。
あれもうすぐあそこにきました。あれもうすぐそばにきました。それはみあげるようにたかく、おいえのように大きく、そしてじしんのようにちをふるわしてきました。きしゃがぜんたのちかく二十メートルのところへやってきたとき手にもっていた木ぎれをうえにふりあげました。
「五ろういくんだよ。いってじょうずにとってくるんだよ。」
イヌの五ろうにいってきかせました。
「とってきますとも、ぼくきしゃイヌですもの。」
五ろうはしっぽをうちふってこういっているようにみえました。
ところがどうでしょう。きしゃが十メートルのところへやってきたとき、ぜんたの手はうごかなくなってしまいました。だってきしゃがこんなおそろしいものだということ、いまはじめてわかったのです。
「ごうごうごう・・・・・・。」
きしゃはもうたいへんおこったように大きなこえをあげて、ぜんたや五ろうをひきにきそうなんです。おもわずぜんたは下にかがむと、五ろうをしっかりとだきしめました。ひかれたかとおもったとき、きしゃはごおっごおっとわめきながら、ふたりのそばをはげしいかぜをたててとおっていきました。
なんてみょうなにおいのしたことでしょう。目さえあけておられません。でもそれから五ろうがほおをぺろっとなめるものですから、ぜんたはやっと目をあけてみますと、もうきしゃはとおくのほうをはしっていました。
「おおたすかった。もうもうきしゃときょうそうなんかするものか。あれはわるいこのすることだ。」
ぜんたはそうおもいまいした。それで、
「ね、五ろう。」
といって、五ろうのあたまをなでてやりました。
ところがそのとき、うしろのほうでこえがしますので、ふりむいてみると、きしゃがきたとき、とおくのほうへにげていったともだちが、なんだか大きなこえではやしたてております。
「ばしゃイヌこイヌ
ばしゃひいてはしれ
ばしゃがひけなきゃ
しっぽひいてはしれ
ぜんたの五ろうの
ながしっぽ。」
こんなことをいっておどるようなまねをしておどけております。
なんてくやしいことでしょう。でもしかたがありません。ぜんたはもう二どと五ろうをあんなおそろしいめにあわすわけにいきません。そこで五ろうをつれて、ともだちのほうへあるいていきました。するとともだちは五ろうがかみつくとでもおもったのか、わあっわあっいってかけだし、みちみちばしゃイヌばしゃイヌといいながらどんどんにげてってしまいました。
それからはともだちらは、もうぜんたとあそんでくれなくなって、五ろうさえみれば、いしをぶつけたり、わるくちをいったりするようになってしまいました。ところがあるにちようびのことでありました。ぜんたが五ろうをつれてむらの大川のはしのほうへやってきますと、はしの上で、しもだくんといしいくんが、いいあらそいをしております。
「きみこのらんかんの上をあるいてわたれるかい。」
「わたれらい。」
「じゃわたってみろ。」
「わたるとも。だけど、いまはわたらないんだ。」
「じゃ、いつわたるんだい。」
あぶないことにふたりはこんないいあいをしております。
しもだくんが、いしいくんに、はしのらんかんがわたれるかといっているのをききながら、ぜんたはイヌの五ろうをつれて、大川のきしを川しものほうへあるいていきました。だいぶんいったときのことであります。はしのほうから大きなこえがしてきました。
「まつやまくーん。」
どうしたのでしょう。あいだにやなぎの木があって、はしのほうはみえません。
「まつやまくーん、たいへんだ。たいへんだ。」
しもだくんのこえであります。それではいしいくんが川のなかへおちたのでしょうか。ぜんたは大いそぎで、はしのほうへかえりかけました。するとまたこえがしてきました。
「おちたんだあ。」
ぜんたは五ろうをつれてはしりました。
「はやく、五ろうをつれてきてくれよう。」
あれ、どうしたのでしょう。このこえはいしいくんです。ではおちたのはしもだくんでしょうか。と、そのときです。川をみると、うきうきひとつのぼうしがながれてきました。これをみると、ぜんたはおもいました。しもだくんやいしいくんのさわいでいるのは、もしかしたらこのぼうしかもしれません。だけど、どうしたらいいでしょう。川はひろくて手もとどきません。水はふかくてはいることもできません。すると、また大きなこえがしました。
「ぼうしがおちたんだあ。」
このときでありました。五ろうがもうそのぼうしのほうをみて、川のなかへはいっていきたそうに、ぴんぴん、しっぽをふっております。ほんとに五ろうのいたことを、ぜんたはわすれていたのです。そこですぐぜんたはいいました。
「五ろうとっといで。」
五ろうは大よろこびで、すぐさまざぶんと水のなかへとびこみました。とてもじょうずに水のうえをおよぎました。そしてぼうしをぱくりと口にくわえました。
くわえると、くるりときしのほうへむきなおって、するするとおよいでかえりました。
そのときです。
ばたばたとあしおとがしたとおもうと、しもだくんといしいくんがかけてきました。
「じょうずだなあ。」
ふたりともかんしんしてしまいました。すると、五ろうはきしにおよぎついて、ぼうしをくわえたまま、ひょいと上にあがってきました。それからぶるるるるとからだをふるわせて、水を四ほうへはねとばし、それからぼうしをぜんたのところへもってきました。
「ありがとう。ありがとう。おまえとってもじょうずだったよ。」
ぜんたはそういって、五ろうのあたまをなんどもなんどもなでてやり、それからぼうしをとっていしいくんにわたしてやりました。
「ありがとう、ありがとう。」
いしいくんもどんなにうれしかったでしょう。
「ぼくとてもしんぱいしちゃった。」
しもだくんもいうのでした。
それから三人ははんかちをだして、五ろうのからだをふいてやりました。水をしぼりしぼりして、きれいにふいてやるのでした。
五ろうはうれしそうにぴんぴんしっぽをふりました。
「まつやまくんこの五ろうやっぱりえらいイヌなんだね。」
ふたりはそんなことをいうのでした。それから三人は五ろうをつれて、うちのほうへかえっていき、おやつにもらったおかしをあつめて、五ろうのまえにならべました。
「おれいだよ。五ろうたべなさい。」
五ろうはふしぎそうなかおをしながら、そのおかしをたべました。もうそれからはきしゃイヌともばしゃイヌともいわず、五ろうといってみんなでたいへんかわいがりました。
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