(初収録単行本 『ひるの夢よるの夢』昭和23年6月 桜井書店))
(収録本 『坪田譲治全集 第8巻』 新潮社)
ノートルダム清心女子大学 4年 坂井咲菜
坪田譲治の童話は、子ども向けでありながら、生と死の影をきちんと描き込んでいる。そんな坪田譲治の童話に興味が湧き、もっと触れてみようと全集を手に取った。全集の目次を眺めていたとき、まず題名が気になり目にとまった童話が「ひるの夢よるの夢」だった。譲治が描く「夢」の世界がどんなものか、期待しながらページをめくった。
ページを開いてみると、童話は「ボクは夢を見た。」という一文から始まっていた。その言葉どおり、主人公である「ボク」が見た夢について次々に語られていく。まず最初の夢は、両親、弟、妹の揃った食卓で、あたたかいご飯をたくさん食べるというもの。次に、友人と入り江で釣りをする夢。そして、学校での算数の授業で、問題をすらすらと解いていく夢……。どれも何気ない情景であり、平凡な日常である。「夢」の世界と言うには少し味気なく感じられる。しかし、こう感じるのは、現代のさほど不自由なく暮らしている私たちからの見方であって、戦後の悲惨な状況に生きる「ボク」にとっては、この日常の風景こそがとても幸せな夢であることが、次第に伝わってくる。
主人公であり、語り手である「ボク」は、どの幸せそうな夢のなかでも、しばらくすると自身のことを「そうだ。浮浪児だった。」と気づいて、幸せな夢が途切れてしまう。「浮浪児」とは、今ではあまり聞きなれない言葉だが、空襲によって帰る家を失くし、路上などで生活することを強いられていた子どもたち、いわゆる戦争孤児のことである。譲治が当時住んでいた東京や、故郷である岡山をはじめ、日本各地で空襲が相次ぎ戦争孤児が生まれた。食料にも困窮していた時代である。
そんな時代に生きる「ボク」にとって、家族や友人と過ごす毎日の情景こそが何よりも幸せであり、同時にそうした状況に戻ることを願わずにはいられない光景に違いない。「ボク」は、「よる」も「ひる」も解らないような状況のなかで、たったひとりの孤独を感じながら、夢を見ることでしか幸せになれなかったのだろうか。坪田譲治は、戦後まもなくこの作品を書き、「夢」という世界に「ボク」のかすかな幸せを描くことによって、子どもの孤独な心理と、それゆえの痛切な願いを、より深く描いたのだろう。
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