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−第20回(昭和63年度)− |
私は以前から絣の布が好きで、前掛けや手提袋としてよく使っていた。あのがさがさした感触に素朴な暖かさを感じる。母が織ったという、柄ゆきの小さな絣の着物が一枚、亡くなった母の箪笥に残っていたが、姉が嫁ぐ頃に見たのを最後に今はもう無い。 去年まで家にあった上下一組の絣の布団は、年に一、二回日光に干すだけ
「これは打ち直して新し綿を少し加えるとよくなりますよ」 とアドバイスを受けたので早速そのように依頼した。 その翌翌日、年配の男の人が 「お宅に絣の布団があると聞いて来ました。一枚でもいいですから分けて頂けませんか。」 私は二、三日前にほどいた事を話した。するとその方は、布だけでいいのだと言う。最近めっきり品不足になった絣を蒐集して、手芸品などを作るのだと説明し、重ねて所望されたが、私は先代からの数少い預り物であることを話し丁寧にお断りした。家に在るこの絣が、そんなに貴重品であることを知り、改めて大事に扱わなければと思うようになった。 打ち直しに出した布団は、赤い小さな花模様の布に包まれ、可愛い敷布団になって帰ったので、全く別の品が届いたような気がした。布団屋さんが帰った後、私は絣の布を広げたり畳んだりして、あの布団がこんなに見変ったのに少々とまどった。その日は一日中、そわそわと落着かぬ心地で、頭の中にはあの絣の布団と姑の柔和な顔がちらちらして、“よかったね”と言っているような気がした。 夕食後夫に絣の布団を作り直した事を話し、あの布をどのように使おうかしらと相談した。絣の布を買いに来た人の話も付け加えて―。夫は座布団にでも作ったらと言う。私も古典的で感じのいい物に仕上がるような気がして、物指を当ててみた。でも残念なことに、模様の大きい部分を中央に据えようとすれば半端切れが多く出て二枚しか出来そうにない。あれこれ迷った末、今ここで鋏を入れたら、再び元には戻らぬと、座布団に作るのを止め、また押入に蔵った。 あれから、もう一年が過ぎたが、今尚絣のことが気になり、あの布の命を十分に生かしてやりたいと考えつづけている。夫の言ったように座布団になる日が近いような気がするけれど―。 今日もあの絣は変身する日を静かに待ちながら、押入の中で眠っている。 |
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