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−第31回(平成11年度)− |
サクッ。 「わあ、ええにおいじゃ」 わたしの歓声に、息子も、 「ほんまじゃ」 「おとうさん、ええにおいがするわ」 「わしのとこまでようにおーてくるで」 それはそれは見事なマスクメロンに庖丁を入れると、その甘い香りが一面に広がった。 近くで新聞を広げていた夫も、興味ありげにのってくる。 「ただいまー。みやげもって帰ったで」 息子が学校から、なにやら丸いものを袋にさげて帰ったのは、十日ほど前の十一月半ばのこと。 「おかえり、そりゃあ何で」 「メロン、それも自作のもの」 みれば、果物屋さんでも飛切り上等品で売られそうな、見事な網目のメロンである。 「へえー、これあんたが作ったん」 「そうじゃ、夏から丹精こめて作ったんじゃ、十日ほど置いて、よう熟れてから食べるんじゃ」 彼は農業高校の二年生。 学校では教室での勉強の外に、実習として米や野菜を栽培する。これまで一日も休まずに学校に通っているのは、そんな授業が性に合っているのかもしれない。 三年前の春四月。 彼は、両親や中学校の先生に勧められるままに、普通科高校の校門をくぐった。 しかし、そこでの勉強意欲は一週間と続かず、忽ち、不登校という暗くて長いトンネルの中をさまよっているような、どうしようもない時を過ごすようになった。 そして一年後、彼は前から行きたかったこの農業高校の校門をくぐったのである。 そういえば去年は、一升(一・八リットル)の新米を持ち帰った。岡山県産米で最高銘柄の「朝日米」である。 一年生は実習田で、手植えによる田植えをし、除草、とり入れと先生方の指導のもとで米作りを体験する。そしてその食味のために各自持ち帰ったのだった。 炊飯器から湯気が立ち始めると、ごはんのいいにおいがしてくる。なんとも食欲をそそるえもいわれぬ香ばしさだ。 ごはんを食べながら、彼はわたしたちに米作り初体験の苦労を話した。農家に生まれ育っていても、直に農業にふれたのはこれが初めてだったからである。 そしてもちろん、今年のメロンの食味もそうだった。水やり、温度管理、病害虫とその苦労はつきない。それだけに味も香りも格別なのである。 さて、来年度は、何のにおいを持ち帰るのだろうか。 わたしは「農」のにおいをたのしみにしている。 |
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