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−第33回(平成13年度)− |
「ピン ポーン」チャイムの音に玄関へ飛んでいくと、大きな白い化粧箱を抱きかかえた宅配便の男性が立っていた。 「お花をお届けに参りました。」にっこりほほえみながら、彼は荷物を手渡してくれた。 その日、長女と私とは、台所の片付けに大わらわであった。つい先日、二十七年ぶりに念願のシステムキッチンへの改修工事を終え台所用品を元に収納する作業だけが、残っていたのである。早朝から二人で動き続け、ようやく、キッチンらしい空間に生まれ変わったところだった。 届いたばかりの白い箱を、ピカピカのフロアーに置き、送り主の名前を見て、わが目を疑った。京都で学生生活を送っている長男の筆跡ではないか。まさか、彼から花を贈られようとは、夢にも思っていなかった。しかも、「母の日」当日に。― はやる心を仰えつつ、箱を開けた。中から顔をのぞかせたのは、赤いミニカーネーションの鉢植え。ほのかに、やさしい香りが立った。胸の奥深くまで、その香りを吸い込みながら、私は、当時の記憶を手繰り寄せた。 五年前の春、長男は何とか高校二年に進級できたものの、一向に登校する気配がなかった。神経過敏な症状は、益々エスカレートし、学校という言葉に触れただけで、恐ろしい形相となった。そして、私のあらゆる言葉じりをとらえては、登校しない理由にこじつけた。その度に壊され、傷つけられる物や家具。
「明日から学校へ行く。二年生をやり直す。」 突然、そう宣言して再登校し始めたのは、丸一年が経過した四月半ばであった。その後、彼は、自ら選んだ福祉系の大学に進学した。 カーネーションの鉢は、送り状とともに、日当たりの良い出窓に飾ることにした。二・三輪の花を除いて、ほとんどが蕾である。これから、一本、また一本と、かわいい花を咲かせてくれることだろう。小さな蕾は、息子の姿とだぶって見えてくる。小振りでもいい、遅咲きでもいいから、最後まで精一杯に自分なりの花を咲かせますように…と祈りながら、たっぷり水をやった。 壁も天井も白を基調としたキッチンで、カーネーションの赤が、温かく私の心を照らす。それは、今、息子の心の中に咲きかけた花である。朝焼けの空の色にも似た、これからの彼を予感させてくれる花である。 |
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